結局サーフィンは戦いですね








やっぱ毎日サーフィンできるっていいねー。きもちよすぎるわ!毎日サーフィンできる状況はすっかり整っているが、住んでいる場所に毎日波がない。これ大問題だ。というわけで、これをなんとかするぞ。と、決めた。

さて、サーフィンがオリンピックの種目に選ばれました。日本のサーフィン業界にはうれしいニュースですが、海外での反応は面白いほどネガティブでして。
>>>>そもそもサーフィンは競い合うものではない。
っていう根本的なご意見を、WSL(サーフィンのワールドツアー組織です)の記事にて繰り広げてる外人いたけど。WSLへの挑戦状ですか。笑。

個人的にはサーフィンが盛り上がってくれればそれでいいんですが、本日は「サーフィンは競い合うものではない」についてです。そう、競い合うものではございません。これ、まちがいない。サーフィンは孤独な自己満ダンス・・・のハズだ。

が。残念ながら、自分ふくめ、競い合ってない人などほとんどいないんじゃね。友達3人で貸し切り!なんて状況じゃないかぎり、だいたいみんな戦ってるよーにわたしは見える。

ほんとはつねに↓↓コレ↓↓希望

サーフィン楽しい♡ってみんないうけど、海で本当に楽しそうにしてる人とかまぢ少数派じゃね?っていっつも思うんだけど。とくに混んでる海では9割が必死、もしくはイラついてる、OR 怒ってるw空いてても謎に一人だけ戦闘モードな人もいるけど。あれはもっとも摩訶不思議な現象だ。いい波に乗りたい、あの気持ちよさを味わいたいという一心なのはわかりますが、結果、気持ちいいの取り合いになり、だれもが戦い、あんま気持ちよくなさそうな顔になってる!笑。

あたしも、せっかくいい気分で入ったのに、謎にイラついてるサーファーにアゴ突き出し接近パドルとかされた瞬間から、イラッとモードに変更になりますもん。バイブスは伝播しますからねえ。仕方ないよ。わたしはとくに拾いやすいみたいでー。

でもまあ、これ仕方のないことなんじゃないかと。なぜなら我々のほとんどが、小さいころから、「戦え」「勝て」「負けるな」「がんばれ」って条件づけられてきてますから。勝てば(父・母に)褒められるし、一番になればご褒美もらえる。そうやって子供のころからの洗脳されてるようなもんではないでしょか。

だから「取り合い」になる状況では、なにはともあれ戦闘モードに自動的に無意識のスイッチ入ってしまいます。つまり、波が十分にゆきわたらない状況において、サーフィンが戦いなってしまうのは仕方ない現象だといえます。エゴは勝ちたくて仕方ない。なぜなら勝てば褒められるという甘い誘惑が待っているから(しかもその潜在意識の根底にあるのは親に褒められたい。なんですよ。)

わたしは必死に取り合いしてる人たち見ては、ばっかじゃねーの。って思うけど、バーカって思いながら、気づけばその戦いに無意識に巻き込まれている自分がいて、なんて矛盾してるんだと、海の中であたしの頭の中はおかしなことになっているが!笑。

ただ、その、「戦え」「負けるな」という条件付けから抜け出すことができれば、戦闘スイッチが入らなくなる。そうやって条件づけられてただけなんだってことに気づけば抜け出せる。
勝たなくていい。
戦わなくていい。
負けてもいい。

あ、お先にどうぞ。
いい波乗ってくだせえ。
あなたがいい波乗ってくれるとあたしもうれしいのです。
あたしは褒められるために波を取りたいんじゃねえ。
波と調和したいから乗りたいだけ・・・

ハッ!!!
そうだった。
この美しすぎる波というエネルギーと調和したいからサーフィンしてんだった!
あぶなかったぜー。

ってことを思い出すことができれば、その瞬間から、どんだけ人がいても、どんなに波が良くなくても、波との調和がはじまる。周りは般若の形相で波の取り合いしているサーファーだらけなのに、なぜか自分のところに「こちらをどうぞー」とばかりに波が来るようになる、という不思議なモーメントがはじまる。が、気を抜くとすぐに取り合いサーフィンの渦に再び巻きこまれる。サーフィンってほんと修行だ。んなことねっすか?!笑

こういうこと書くと、「そうじゃない人だっていますよ」とかいう至極まっとうなご意見いただきますが、そんなこたーわかってますんで。いつも100%純粋に波とのダンスを楽しんでいる人だっているでしょう。それ最高だ。うらやましいが、あたしにはまだできねー。これはわたしの目に見える世界のことでございます。「戦うことをやめる」は、最近のわたしのテーマでもあるのです。