サーファーが担う地球生命全体の壮大な目的








ちょいとみなさん!
我らがオフィシャルブロガー、そして素晴らしきサーファー香ちゃんの今日のブログを読んだ?

Beach Pressのブログを書いてくれてる皆そうなんですが、たまに、っていうか、もーほんとにしょっちゅう、魂にグサー、と刺さることを書いてくれるのよ。 え?これ、私のために書いてくれたの?!みたいな。

これからは、「いかに波乗りから幸せを感じられるか」「どれだけ楽しめているか」
「どこまで自然と一体になれるか」そんな人達が尊敬されていく時代になってくると信じてる。

あたしもホントにそう思うよ。
そして、ここでまたアレを引用させてもらって良いかしら。
そこかしこで出しまくってるので、もうええでー。って?

でも、見たことない人に是非読んでほしいのです。
香ちゃんと一緒のこと言ってる。
平成8年発行の、SURFING ON MY MINDという
サーフィンワールド20周年記念の別冊からの引用。
わたしのバイブルです。
こんな雑誌があれば、私毎月買いますよ。。。

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The Mirror
Steve Pezman

長年の試行錯誤を通して、私たちと海の関係は荒々しい部分を削り落とされた。あるいは、極端な場合はその関係を終わらされてしまった。しかし、サーファーは海からとてもユニークな知恵を学んできた。それは漁師が海で骨折って働き、海からの収穫で生活するのに対し、サーファーは共に流れ、その懐で遊ぶということだ。言い換えれば、非生産的な哲学を学んだのである。

しかし、これは実は地球生命全体の壮大な目的を背負うものとして選ばれたと考える事ができ、人間社会におけるサーファーの役目はより高いランクをつけられるとも思えるのだ。

悪名高いLSD愛好者で、反キリスト教の哲学者であるティモシー・リアリー博士は、かつて、サーファーマガジンのインタビューで、サーファーとは人類全般の進む方向を探るため、皆よりも列の先頭へ出され、道なき道をあゆまされているのだと語ってくれたことがあった。彼に説明によると、「人間の最終目的は、純粋に美的存在に到達することである。すなわち、人類はこれまで主に自分を守って富を得るという、より低い次元で進歩してきたが、サーファーは本質的に一般社会が気づくよりもずっと早く高い次元に達した」というのである。

つまり、サーファーは「今、この時間」というサーフィンの奥義に向けて、純粋な目的のためだけに生きていることが高い次元にいることの証明だというのだ。サーファーは何も生産せず、空虚なダンスを踊っているだけかもしれないが、リアリーは、私たちサーファーは一般の人々に私たちが海でおそわった事を伝えなければいけないというのである。

親の世代からみれば、私たちサーファーは怠け者でドロップアウトした、「いまどきの若いモン」でしかないが、リアリーの見方は人間文明の救済者という可能性をサーファーに示してくれたわけで、実に皮肉なものだといえる。しかしこの説に出会ったことで、波に乗るという単純な行動が今までの人生経験の中でどうしてもベストワンになるのはなぜか、という密かな疑問が解明されたようなきがする。

だから54歳という歳になってもいまだサーフィンだけはやめられないのである。
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この文章、読めば読むほど深みを増していく。
一度読んでも意味が解らない人は5回位読んで。。。

そして、今、これを書いたSteve Pezmanさんが創る雑誌、
The Surfer’s Journalの日本語版の翻訳に関わらせて頂いているという奇跡。
いやー、まじ、ミラクル。