【Relay Column 06】プロトライアスリート志垣めぐみ

私の日々の生活と海
志垣めぐみ(宮崎県在住 プロトライアスリート)

平日、会社でパソコンに向かいパチパチと仕事をしていると、ふと窓の外のキラキラする日差しが気になる事が多々ある。オフィスで仕事しているのが勿体無い!と、ウズウズする気持ちを抑えながら、定時後や週末が待ち遠しい。私はOLでありプロに所属するトライアスリートである(双子でもある)。

私の毎日は、トライアスロンのトレーニングに仕事がサンドイッチされているような慌しいタイムスケジュール。時々心が疲れた時や、へこんだ時に近くの海に双子の姉と一緒に行く。泳ぎだったり、ランニングだったり、お散歩だったり、サーフィンだったり。(サーフィン?と思われた人もいるかな?後でサーフィンについて書きます^^)こんな生活も自分なりに気に入っている。

今年7月にスイスのチューリッヒで開催されたアイアンマン(Ironman)と言う長い距離のトライアスロン大会に参戦。距離がSwim 3.8km、Bike 180km、Run 42.195kmと長丁場のサバイバルレース。スイスは大好きな海の無い山岳と湖が開催地。激しいアップダウンのコースで我慢の連続のレースでしたが7位入賞の目標クリアー。

私の最大の目標は、アイアンマン世界選手権ハワイ大会と言うアイアンマン最高峰の大会で「トップ10入り」。世界各地で開催されるアイアンマン大会で、世界ランキング30位以内に入れば世界選手権の出場資格が与えられる。世界選手権の舞台に上がるだけでも一苦労だ。

以前1998年、日本(佐渡)でロングディスタンストライアスロン世界選手権が開催された際、世界で3位になった思い出がある。(少し前に、「行列のできる法律相談所」のTV番組でトライアスロンがありましたが、同じ場所で私にとっても忘れられない感動の地です!) まだトライアスロンをやり始めで、何が起きたのか?分かりませんでしたが、アジア人で初のメダル獲得だったらしく、その頃からようやく日本いやアジアの代表と言う誇りを持ち始めた自分に変化が現れた。「日本のトライアスロンの歴史を変えたい!」と言う思いで最後に一回、花咲かせたいと、現在頑張っているところです。

ここで私にとって”癒し”のサーフィンの話に。。。出会いは2005年にハワイで開催されたワールドカップホノルル大会の翌日。レースは不本意な結果だったが、気晴らしにサーフィンでも習おうと、初めてロングボードを手にした。陽気で気さくなインストラクターさんが、私を親切に教えてくれる。少しボードの動かし方に慣れてきたので、少し沖に行く事になり初めてのテイクオフ♪

タイミングが合わず失敗したが、何度か挑戦して波の感覚がなんとなく分かり始めた。インストラクターさんのお褒めの言葉で私もその気になり、今度はアンバランスではあるが立つことが出来た。「やった~♪」(これでちょっぴりサーファーと呼べるかな?!なんて思いながら)何度もやっている内に20~30mのライディングが出来るようになっていた。

ちょっぴり恐いけど、こんなに心地よいスポーツがあったんだぁ~♪と深く感激してしまい、サーフィンの虜になってしまった。帰国後、一人で延岡のサーフショップに行き、少し高かったけどロングボードを購入しちゃっていました。

今はトライアスロンで少し慌しい日々ですが、トライアスロンもサーフィンも海でのスポーツ。海と共存している人達は自然を大切にし、人も大切にし、助け合いの精神が備わっている。こんな仲間と出会えたこと、そして海に感謝しながら、日々の生活をおくっています。

今の瞬間、そして未来の瞬間を楽しみに、これからも頑張ろうと思っています♪

あなたの未来にもCheers(乾杯)^^


志垣 めぐみ
5歳の頃宗兄弟にあこがれ走り始め、高校ではインターハイ出場、92年に旭化成陸上部に入部。同年、日本選手権(3000m)で10位、TOTOスーパー陸上(5000m)で8位。その後、1995年持病の腰痛(椎間板ヘルニア)で陸上部を引退し、腰痛克服の為トライアスロンの練習で上半身強化に専念。次第に腰痛も和らぎトライアスロンの競技に専念する事となる。結果、1998年ロングディスタンス世界選手権で日本人で初(アジアで初)の表彰台(3位)で、日本のトライアスロン界の歴史を作った。

1999~2004年はオリンピックの距離(ショート)でシドニー、アテネオリンピックのオリンピック強化選手に選ばれ、オリンピックを目指すが、後一歩で涙をのんだ。その間、2000年9月のロングディスタンス日本選手権で優勝、2001年ロング世界選手権(デンマーク大会)で7位入賞、2001と2002年の全日本宮古島トライアスロンで2連覇、2005年には日本(蒲郡)で世界選手権が開催、ショートでも日本代表6名に選ばれた。

2006年ショートを引退し、長い距離のアイアンマン挑戦を決めた矢先、3月タイでのレース中、まさかの自転車で大転倒し骨折。その後、アイアンマンに挑戦するが途中リタイアの連続、2009年6月アイアンマンジャパンで日本人1位のプロ女子で3位に入賞し、念願だった2009年10月に開催するアイアンマンハワイ(世界選手権)に決定し、日本のトップクラスへ復活。

今後の目標はアイアンマンハワイ(世界選手権)で、女性日本人初のトップ10入りで、日本のトライアスロン界の歴史を変える事と、日本人でもアイアンマンで世界に通用する事を証明し、世界と戦うこと。

~ 主な成績 ~
1998年 9月  ロングディスタンストライアスロン世界選手権(佐渡大会)
3位(アジア初メダル スイム:3km バイク:136km
ラン:28km)167km
2000年 9月  ロングディスタンストライアスロン日本選手権
兼)世界選手権選考会優勝
2001年、2002年 4月  全日本トライアスロン宮古大会(ロング)優勝(2連覇)
2001年 8月  ロングトライアスロン世界選手権(デンマーク大会)7位 (swim3.8km/bike180km/run42.2km)
2009年 6月 アイアンマンジャパン(swim3.8km/bike180km/run42.2km) 3位(日本人1位)