エゴにエサを与えっこするのをやめるとゴキゲンな毎日が待ってる。ハズ。








政治をネタにすると、やたら噛みついてくる人が多くて面倒くさい。
って話をしましたが、ずっと、そのことについて考えてたんです。
そしたら、たまたま買った本に、まさにその答えが書いてあった。
求めれば答えがあたえられるなんて、もはや全く不思議じゃない今日この頃。

ずっと考えてたって言っても、べつに、
そのコメントの内容だとか、コメントを残したナゾの人物についてではなく、
そのコメントを見たわたし自身の感情を観てみたってことなんですが、
その本によると、わたしは単にエゴにエサを与えたかったんだってことがわかりました。
まさに、あんまり笑えない禅問答でございます(笑)

分かりにくいですね。
がんばって説明してみますよ。

まずエゴってなに?ってことですが、
エゴとは、自分が自分だと「勘違い」している自分で、
ほぼ常に無意識にいろんな感情に揺さぶられてる意識のこと。
エゴは自分のフリが超絶うまいけど、実はほんとの自分ではないのです。

エゴがいることに気づいたのは私もつい最近で、
それまで、エゴって言われても、それが何なのかよくわかりませんでした。
BUT、ある日、何かに怒りを感じているときに、
ふと、(あれ。あたし今怒ってるww)と気づいた自分がいたんですが、
どうやら、その怒りに身を任せてる自分がエゴさんらしいと、
これも何かの本で読んで、なるへそ。と思ったんです。

ちょっと、まだよくわからないんで、書きながら分析してみようと思います。

まず、政治ネタには、ほぼ100%自分とは違った見解をもった人がいる。
でも、わたしは、基本的に、自分が合ってると思ってる。
それがもはやエゴなわけです。
「自分が正しい」という優越感ほどエゴを強化するものはないそうで、
エゴは、アンタは間違ってて私が合ってると自己主張して自分を強化します。
で、自分が正しいと言うためには、誰かが間違っていなければならず、
ただただ自分が正しいということを感じるためだけに、
エゴは誰かが、何かが間違っていることを一生懸命探します。

つまり、わたしの意見がおかしいというコメントを送ってくるその相手も、
そのコメントを読んで、「私が間違ってるわけないやん( ゚д゚)、ペッ」
と思ってるわたしも、実はお互いに、エゴの強化しあいっこをしてるだけだったんだ。
ってことに、今気づいた(゚∀゚)!

で、この本によると、自分の中のエゴの存在に気づいたとき、
それはもはやエゴではなく、自分が昔からやってきた心のパターンの繰り返しでしかなくなり、
そのパターンは気づかれるたびに、どんどん衰えて登場しなくなる。らしい。
そりゃステキだわ。

自分のエゴを乗り越えるもっとも有効な手段の一つが
他人のエゴに反応しないことだそうで。
だって、その相手の不愉快な行動さえも、
ただただ、その人のエゴ、古い心のパターンが発動されてるだけだってことに気づけば、
もはやそこに反応しようという気もなくなる。だって。

ちょっとややこしい話になりましたが、
結局、わたしたちって、そうやっていつもお互いエゴにエサの与えっこをして、
感情のゲームをやってるだけってことかもしれない。
その不毛なゲームから抜け出せたときに、
ようやく、わたしが言ってるゴキゲンな毎日が待ってるって感じだわ。

んー。ややこしいけど、納得。間違いナス。
ちょっとお分かりいただけたでしょうか?
気に入らない相手がいて、ついついイライラする自分がいても、
たぶんそれはお互いがエゴにエサを与えっこしてるだけ。
で、イライラしてる途中にそれに気づくことが出来れば、
おー。あぶねえ~。
って、無駄な感情=エゴの反応がやめられるはずなんですよ。
こんどそんなことがあったらお試しあれー。

エゴがなくなれば、制限が消える。永遠で優しくて美しい存在になれる。ego