めちゃくちゃ簡単な自己定義の登録解除方法








私たちは過去の様々な経験から、自分はこういう人間だという自己定義=自分についての決まったイメージ=信念ができあがってる。そして人生はその自己定義の通りに展開する。

たとえばわたしは最近よくブログに書いていた「嫉妬」をさまざまな方向から分析してみたところ、「私はある程度まではできるけどそれ以上はできない」という自己定義があることを発見した。この自己定義が始まったのは、どうやら母に繰り返し言われた「あんたは器用貧乏だ」というひと言だったような気がする。

なんでもソツなくできるけどお金にはならない。と、お金なんて稼げない頃からほんとによく言われてたのを覚えてまして。今考えると、あの人は中学生、高校生に向かって器用貧乏なんてなぜ言ってたんだろうと思うけど、それがわたしの自己定義となっていった。

私が嫉妬を感じるのは誰かに負けた時が多い。勝ちたいという欲求より、負けた時の「ほらやっぱりあんたはその程度までしかできない」という劣等感に自己イメージを同化させてきた。今さらw この自己探究作業してると、今さら?!の連続ですわ。

そこで、わたしはその嫉妬という隠れた劣等感を解放し、アファメーションを使って「できないことなどまったくない、想像以上にできる私」に書き換えていくという作業をしてきたわけだが、これ自体が単にあらたな自己イメージの固定化につながっているが多いかもしれないと思ったのでこのブログ書いてる。

本来もっとも重要なのは、可能性はつねに未確定ということだ。なのに、「想像以上にできてる私」とは、現実世界ではたとえば売り上げが毎月◯万円になっている私だったりするわけで、無意識に現実的な月収などに執着していることが多い。つまりそれは、月収◯万円の自分という新たな自己の再定義をしているにすぎないんじゃないかという話だ。自己定義は可能性を狭める。

そこで、アファメーションする時にぜひ取り入れてほしいステップ。
「わたしはある程度までしかできない」という自己定義を持っていることは認識した上で、「でもそれは本当かどうかまだわからない」と定義し直すこと。

わたしにはできないと長年信じてきたものを、アファメーションを使って「できる!」と完全に信じられるようになるにはかなり時間がかかるけど、
「できないと思ってる自分は確かにいるが、思ってるだけでそれは本当かは確定していない」
ならすぐに受け入れられるはず。

未来の創造方法を伝える時に、いつも伝えているのが、「意図は明確に、でもどうやって実現するかの期間やプロセス、タイミングについては執着しない」ということなんだけど、ついついスピーディな結果に執着してしまう。アファメーションはつい、こうなりたい自分をやみくもに求める文章になってしまうことが多いが、意図と執着を混同しちゃいけないと改めて認識している。

世の引き寄せでは、目標や数値などをできるだけ明確にすることをおすすめしているけど、じつはそれは意図的に本来の可能性を狭めていることになっていると思う。年収1000万という具体的な数字を目標に掲げると、可能性をオープンにしておけば5000万になっていたかもしれないのに、1000万に固定化されてしまうということだ。

というわけで、アファメーションに加えて日頃からこのステップ加えるのをおすすめする。
・自己定義を明確にした上で、定義をオープンにしておく
「私は器用貧乏だからこの程度までしか行かないと思っている。でもそれは真実かは決まっていない」
・意図の明確化
「わたしの活動がわたしの想像を超えた形で多くの人に届くことを許す」

固定された自己から自分を解放し、どこに行きたいかの方向性は明示し、まだ現れていない可能性についてはオープンにしておく。

です!!

今日はなかなか大事なこと言ったと思うで。

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